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調書主義と証拠偽造の関係は?

 2011-01-14

Q.調書主義と証拠偽造の関係は?


A.調書主義により証拠全般への軽視の態度が生まれ,それがエスカレートして,捜査機関が想定したストーリーに沿った証拠を偽造するような風潮が生まれたのではないか,という意見がある。



調書主義の弊害


現行の刑事訴訟においては,捜査機関側が作成する供述調書に非常に強力な証拠能力を認める場合が少なくありません。


特に,検察官が作成する検察官調書や被告人が自分に不利な内容を供述した場合の自白調書などに強力な証拠能力が認められる場合が多いです。


この調書を重視する裁判の運用を揶揄して,調書主義と呼ぶ場合もあります(調書主義などという正式な法律用語はもちろんありません。)


もっとも,それだけに,万が一この調書が事実に沿わない内容であったとしたら,冤罪が発生してしまう危険性が非常に大きいのです。


逆に言えば,捜査機関側とすれば,捜査機関が想定しているストーリに沿った調書を作成し,それを証拠として提出すれば,思い描いたとおりの判決が下される可能性が高いということになります。



証拠偽造と調書主義


昨年,大阪地方検察庁特捜部の前田恒彦主任検事の証拠偽造問題が発覚し,同検事が証拠偽装罪として起訴されるという大事件が発生しました。


この問題については,さまざまな意見が識者の方々によって述べられています。そのうちでも,上記の調書主義との関連性を述べる意見について,個人的に興味深く,というだけでなく少なからずそのようなこともあり得るだろうと感じました。


つまり,調書主義によって,捜査機関は,自分たちの想定しているストーリーを追い求め,それに沿った調書を作成することに多くの労力を割くことになります。その結果として,威嚇的・策略的な取り調べが行われる危険性が生じます。


多くの(というよりほとんどの)捜査機関関係者はそのような取調べをしていないと思いますし,現に,筆者も経験上(たいした経験ではないのですが)そのような取調べがあったという話は直接には聞いていません。


しかし,捜査機関の人といっても人間ですから,そのようなことがあり得ないとも思えません。


そして,調書を過剰に尊重されることにより,捜査機関の想定したストーリーが裁判でも認められることが増えることになり,それにより,捜査機関が,自分たちの想定するストーリーが常に正しいという誤解を生じてしまうというおそれが生じます。


捜査機関の側において,そのような自分たちの想定したストーリーが常に正しいという認識が生じると,証拠に対し,自分たちのストーリーが常に正しいのだから,それに沿った証拠を作りだせばよいという誤解や偏見が生じる可能性がないとはいえないでしょう。


つまり,証拠軽視の態度が生じる恐れがあるというわけです。


前記の調書主義は今回の証拠偽造と因果関係があるという意見は,まさにそのような調書主義から生まれてきた証拠軽視の態度が,最も顕著な形で現れたものではないか,というものなのです。


一見すると極端な意見とも思えないでもありませんが,過去の冤罪事件や今回の証拠偽造事件をみてみると,あながち全く的外れな意見であるとはいえないように感じます。


あるいは,そろそろ,我が国おいても,取調べの可視化や第三者機関による捜査機関の監督といったような制度の導入が必要な時期に来ているのではないかと思うのです。

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刑事訴訟における調書と民事訴訟における陳述書の違いとは?

 2010-12-22

Q.刑事訴訟における調書と民事訴訟における陳述書の違いとは?


A.民事訴訟における陳述書よりも,刑事訴訟のおける調書の方が,証拠として重要視される傾向があるという違いがある。



刑事訴訟における調書と民事訴訟における陳述書


前回に引き続いて大阪地方検察庁特捜部の前田恒彦主任検事の証拠偽造問題を考えるために,刑事裁判の具体的な仕組みついての説明を続けていきます。


前回説明したように,刑事訴訟では,警察官や検察官が作成した「調書」が証拠として用いられることが多くあります(というよりも,ほとんど。)。


これは,警察官や検察官が,被疑者・被告人や関係者・証人などを取り調べて聴取したことを書面化したものです。供述者は,その話をした人本人ですが,調書を実際に作成するのは警察官や検察官ということになります。


一方,民事訴訟でも,この調書のように,当事者や関係者・証人などから聴取したことを書面化したものを証拠として提出する場合があります。一般に,「陳述書」と呼ばれています。


これも,刑事訴訟における調書と同様,陳述者は話をした人ですが,弁護士が代理人となっている場合は,実際に陳述書を作成するのは弁護士です。



調書と陳述書の相違点


上記のとおり,刑事訴訟における調書と民事訴訟における陳述書とは,ある人の話したことを書面化したものdであるという共通点があります。民事訴訟において弁護士が代理人となっている場合には,実際に作成するのは別の人であるという点についても,共通しています。


しかし,証拠としての重要性には大きな違いがあります。


これらは,実際に話をしたことをそのまま書面化するわけではなく,ある程度整理して書面化するため,作成者の主観や評価が入り込む危険性がありますし,有利な点ばかり書かれている場合もあり得ます。


そのため,民事訴訟では,陳述書が証拠として提出されることはあっても,あまり証拠として価値あるものとして取り扱われることがなく,陳述書だけで事実認定がなされるということはあまりありません。大半の場合,陳述者の本人・証人尋問が行われることになります。


刑事訴訟の場合でも,調書の内容に争いがあるときは,やはり尋問がなされますが,調書の信用性を崩すような供述が尋問で出てこない限り,調書の内容に信用性があると判断されてしまいます。


つまり,民事訴訟の場合,陳述書は,争点をまとめる又は尋問の中心となるのはどこになるかを明確にするという意味が強く,証拠としての価値をほとんど認められない場合が多いのに対して,刑事訴訟の場合には,調書が主要な証拠をとなってしまうという違いがあります。


しかし,上記のとおり,調書や陳述書は書き方によってはどのようにでもとらえられるように書くことが可能です。これをあまり重要視しすぎるべきではないように思います。


刑事の場合には,調書は密室の取調べの場において作成されるものですから,捜査機関の思惑どおりに調書を作ることが可能です。


その点からすれば,少なくとも犯罪事実に争いがある場合には,調書をあまりに重要視しすぎるべきではなく,民事の場合のように,争点をまとめたり尋問の中心を明確にするという意味以上の価値をもたせて取り扱うべきではないと思われます。

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